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2009年7月21日

プジョー、日本での販売

アルマン・プジョーが創設し、甥のロベールの経営によって発展した。元来は冷間製鉄から始まり歯車や骨組の製造を生業

とする会社であり(鯨の骨からポンパドール・スカートの骨を作ったりもしていた)、現在でもペッパーミル(胡椒挽き)

等様々な製品を生産している。これらは日本にも輸入・販売されている。また1882年、自転車のLE FRANCAISの製造販売を

開始し、同年の最初の大型自転車Grand Biなどの製品によって、自転車メーカーとしても知られる。

ロベールの時代、201から乗用車のみ"x0x" という真ん中にゼロを入れる三桁の数字を車名とする伝統が続いており、ポル

シェが911 (901→911) と名乗ることとなった理由ともなったが、2004年発表の1007はプジョーで初めて四桁の数字の車名

となった。

1974年に経営不振だったシトロエンを吸収合併、持株会社「PSA・プジョーシトロエン」(当初は単にPSAと呼称=Peugeot

Société Anonyme)を設立、さらに1979年にはクライスラー UK(旧ルーツ・グループ)及びシムカ)を傘下に収め、フランス

最大の自動車メーカーとなった。自動車だけではなく、スクーターなどを中心に自動二輪車も別会社(プジョー・モトシク

ル)で生産している。PSAグループの自動車生産台数は、ホンダとほぼ同規模である。

世界で最初(1886年)にガソリン自動車を発明したのはベンツ社(現在のダイムラー)であるが、世界で最初(1891年)に

オーダーメイドではなく、定型車種として自動車を4台「量産」したのはプジョーである。

日本には1950年代以来新東洋企業、西武自動車販売によって輸入されてきたが、輸入車=高級車・高性能車・個性派のいず

れかであることを求められる日本市場では、シトロエンにも遠く及ばない販売実績に甘んじる極めてマイナーな存在であっ

た。しかし1980年代半ば、オースチン・ローバー・ジャパンとスズキが輸入元となって発売した205GTIが従来のフランス車

のイメージを覆す俊敏な高性能とキュートなスタイルで人気を博してから徐々に注目を集めるようになり、メーカーの日本

法人プジョー・ジャポンが自ら輸入販売するようになった2000年以降は205の後継車206が大ヒットとなり、2003年には過去

最高の1万5,330台の登録台数を記録するに至った。しかしその後は主力の206と307がモデル末期となった影響もあって減少

に転じており、2006年の登録台数は1万0289台、2007年は8,284台となっている。(統計資料、日本自動車輸入組合)

自転車については、サイクルヨーロッパジャパン株式会社がプジョー社からのライセンスに基づいて、製造・輸入・販売を

行っていたが、2004年末をもってライセンス契約が終了した。現在はプジョー・シトロエン・ジャポンの子会社、「プジョ

ー東京」がプジョー製の自転車を輸入している。

なお、プジョーには国産プリンス自動車第一号車の設計の手本となったという逸話が残っている。第二次世界大戦直前、ブ

リヂストン創業者石橋正二郎は後援していた後に政治家となる弁護士楢橋渡が渡仏する際に、「一番評判の良い小型車を買

ってきてくれ」と依頼した。楢橋が選んだのはプジョー・202であった。この202は戦中戦後にわたって石橋家の自家用車と

なったばかりでなく、そのエンジンは石橋がオーナーとなった富士精密工業が最初の4気筒1500ccガソリンエンジンを設計

する際の手本となった。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

とてもいい車ですよね。しなやかな車体がとても魅力的です。

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